渡嘉敷島越島隊、一人海を制す 1991 ~1999
()内は現在においてのつっこみです
91年度
1991 5月4日(土) 晴れ時々曇り
4月21日、部瀬名岬から浪人島(恩納通信施設近くの無人島)まで浜歩きして貝殻拾いをし、シュノ-ケリング後に夜まで黄昏てたら最終バスに乗り遅れ、翌朝まで約50km歩き通して(途中、嘉手納の歩道橋の上や、水釜の防波堤の上で眠った)しまったり、4月27、28日久高島へ行って、セミエビやヤシガニを獲ったりして楽しく過ご した。こうしてこの度、以前から気になっていた慶良間を攻める事にしたのである。
行き先は渡嘉敷島である。座間味島の方が素晴しく渡嘉敷島は・・・という前評判があったのだが、 "フェリ-けらま"の予約切符をキャンセルするわけにもいかず、4、5、6日は渡嘉敷島暮しである。とは言え、あれだけ座間味島に近いのにダメな筈はあるまい。初めての地は果たして夜営地が集落から近いかどうかもわからないので、荷物にはなるがカップメン3個(Sマ-トで1個百円でセ-ルの焼そばカップ焼きそば)チョコメロンパン、カレ-パン、田芋パン、各3個とウ-ロン茶ペット1本を買いこんで船に乗り込む。
ゴ-ルデンウィ-クもあって、多くの人がすでに乗船しており、俺は荷物も多いし煙草の煙に巻かれるのも嫌なので、フェリ-の前部デッキに陣取った。多分、阿波連ビ-チへ行くのだろう、玉虫色のサングラスをかけたアホギャルやクソガキ供がワイワイ喧しい。ど〜せ、てめーらは幾ら綺麗な海に行ったところで、砂浜で肌を焼くだけじゃね〜か。即、今回の旅程から阿波連は外す。(もともと入ってはいないが)2:00出航。船旅は昨年福岡港から沖縄へRKK LINEで往復して以来である。天候も良く、週間天気予報では4・5・6と晴れ時々曇りと上々である。泊大橋をくぐり那覇の街並みを見ながら、船は渡嘉敷へ。予定では、渡嘉敷港を北上して儀志布島まで歩いて行ければ、そこでキャンプするつもりだ。地図上では崖が多そうで、まずは着いてみなければ判らない。那覇周辺はやはり濁っているけれども、那覇空港へ離発着する飛行機を望む辺りからは、次第に群青へと変わってゆく。黄昏たいものの、ガキ供がうるさい。波間にまるでトンボのように、トビウオが飛び去ってゆく。
1時間10分で渡嘉敷港に到着。南側は絶壁となっており進行不可。やはり予定通り儀志布島ルートに決定である。山がちな地形で砂浜に乏しく、「やはり座間味島の方が・・・」 と思ってしまう 。儀津崎から岩場を海に落ちないよう、気をつけながら北へ。ゴロタ石の多い浜辺を歩きながら貝殻を探すが、何も無く幻滅。このまま儀志布島まで行けるのでは?と、思ったら断崖に阻まれ進行不可。まあ、こんなもんだ。戻って南下出来るル-トを探そうか、とも思ったが、もう4時をまわっているので、潮も満ちてきているようだし、崖下の小さく寂しい砂浜に夜営することにした。テントを張り、早速海へ。波も強く、珊瑚もまばらで、「あ〜あ・・・・」と思いきや、少し沖は珊瑚がびっしりであった。いきなり久高島のアウトリーフでしか見た事の無いモンガラカワハギを発見。「おぉ・・渡嘉敷島も捨てたもんじゃねーぞ。」と、心踊らせながら明日攻めようと思っている儀志布島の方へ泳ぐ。思ったより潮流は緩く、進行不可となった崖下へ向かうとドロップ・オフとなっており、20〜30Mはあるだろうか、薄暗く心細い。しかし、ここを過ぎれば儀志布島へ行ける気がしてそのまま進行。その深みの中にイワシの様でお腹がコバルトブルー に輝く魚の大群が、まるでカーテンがたなびくように過ぎ去る。とても幻想的で、思わず"潜るんです" で撮影。 (クマザサハナムロ) フラッシュがついていないので果たして綺麗に撮れたかどうか・・・。 大きな銀色 の魚が2匹、その群れを追っているのか、猛スピードで過ぎ去ってゆく。(多分、アジ) その深みを過ぎると、なだらかな珊瑚の棚が広がり始め、その上を散索しながら北へ向かう。テーブルサンゴの数も多くなり、ようやく儀志布島の対岸にたどり着く。儀志 布島の砂浜 にはテントがあり、船も1そう停舶していた。「こっちでキヤンプしたほうが気持ち良さそうだな・・・」と思うが、いたしかたない。
渡嘉敷側の浜辺をうろついて、再び海へ。もう6時を回っ ていたので、海中は薄暗くなっている。すっかり陽が暮れて陸にあがるとテントがない。「しまった!もっと南か ・・・」と直に海へ。しかし、何処だか判らず、満ち潮で波も強まり、気も焦る。ふと崖の方を見ると、洞窟が見える。「あれは歩いて来たときに見たはず・・」やはり先程の場所でよかったのだ。「じゃあ、テントは?」と不安が募る。しかし戻るに超したことはないのでUターン。真っ暗になった浜辺に上がるが、やはりテントは見当たらない。行き止まりの崖の方へ歩くも、岩だらけの浜辺もあと少し。大きな岩を越えるとやっと発見。ホッとすると同 時にドッと疲れてしまった。山の繁みにはボォ〜ッと光が走りドキッとするがどうやら蛍のようだ。それにしても大きく見え、大戦中に集団自決した人の亡霊の様で気持ち悪い。それにしても小さい砂浜だ。流木を集め、焚き火をおこす。こんな状態なのと、せっかく期待した那覇の夜景が前島の影にほとんど隠れてしまい、綺麗とはいえず、がっかり。せめて冷たいビ-ルでもあれば救われるが、それもない。野球も今日はデーゲームなのでやっていない。カップ 焼きそばとカレ-パンを喰らって早々と寝た。
5月5日(日) 曇り時々雨
朝、目を覚ますと、どんよりとした雲が広がり、沖縄本島はもとより前島すらぼやけて見える。波も強まったようだ。とりあえず、寝る前に考えた"渡嘉敷島半周の旅"を実行する事にした。まず、歩いて渡嘉志久ビーチまでいく途中で慶良間海峡側へ抜ける道が有れば、そこから海岸を北へ歩いて儀志布島を経由しキャンプ地まで戻ればよい。儀志布島からは、だいたい昨日の時刻頃であれば何の心配もない。
AM6:00、濡れてもよい常に泳げる服装で、まずは港へ。今は満潮なのでほとんどロッククライミング状態。2箇所の崖をよじ登り、なんとか儀津崎へ到着。港でコーラを買って、飲みながら歩いて行くと、拝所があったので、一拝み。一本道を歩いていると、両側に田んぼが広がり稲穂が揺れている。山々にクバやアダンが茂っているのはさておき、まるで本土の田舎道のようで妙に懐かしくなる。地図で見たより予想外の坂道をなんとか登りきり、眼下に慶良間海峡が広がる。阿波連ビーチ、渡嘉志久ビーチ、阿嘉島、座間味島、椎名 誠の「あやしい探検隊、海で笑う」に登場した、"アカエイドクバリ島"らしき島影も見える。残念ながら、東海岸へ降りる道はなく、高い山の壁が有るのみであった。照山展望台とあり、山の頂まで石段が続いているのでこれは景色が良さそうだ、と登ってみる。そう言えば、昨年、北九州の足立山に登って以来、実に一年振りの登山、いや、山登りである。入口にあった戦跡碑に手を合わせ、なだらかな山道を登る。山と入っても、"山登り"程度のものであるから、あっという間に山頂へ到着。展望台は沖縄らしく、赤瓦の屋根であったようだが、おそらく台風のせいか、骨組みのみになっており、そこによじ登る。360゜の大パノラマが広がり、初夏の山々の緑、海の青がとても美しい。アカエイドクバリ島(安室島)は、まさしく本に載っていたとおりの形であった。無人島と言うから、さぞかし沖の離れ小島であろう、と思っていたが、何の事はない、座間味島のすぐ足元ではないか。いつか俺も遠征してやろう。晴れ時々曇りの天気予報のはずが、空は雲が広がり、どんよりしている。もしかして雨男の宿命?と思いつつ、山を下る。
渡嘉志久ビ-チへ降りる途中、道の真ん中に細長い紐のようなものを発見。なんと ハブが車に轢かれたものであった。「海の家」「リゾート」と言うものからはおさらばして、岩場を北上。途中、海へ入る。一面岩場で、 珊瑚はポツポツ。「やっぱ、海水浴場の近くはなぁ・・・」と、沖合いに見える座間味島に思いを馳せていると、ハリセンボンがちょろちょろと泳いでいるのを見つける。「こいつを膨らませて撮ろう。」と思って追いかけると、結構素早く岩穴に入ってしまった。なかなか出てこないので突つくと、岩穴で膨らんでしまい、完全に出でてこなくなってしまった。まるで巨大な白ウニだ。無理に引っぱり出そうと試みたが、トゲが鋭どく指に刺さって痛いので、諦める。沖合いを見ると小魚の群れが見えたのでそちらに行って見る。・・・と、いきなりORION BEERの CM の世界が広がる。このままTV放送してもいいような、一面が水中のお花畑である。リーフの底までテ-ブルサンゴが段々に連なっており、これまで以上のコーラルフィッシュが舞う。さっきまでの失望感は見事に消え去り、超Happyと化す。あれ程会いたかったモンガラ君も、あちこちにいる。これまでの概念は「沖縄本島を除けば、リゾート地の近くほど美しい珊瑚が見れる。」に取って変わってしまった。
( ※確かに綺麗ではあるが、現在ではそうとも言えないと思う。)しかも、北上するほど徐々に 珊瑚も密度が増し、かつ、大きなイソバナやテーブルサンゴも増えてきた。決して、キャンプ地の前の海が駄目という訳ではなく、それにも増して素晴しいのだ。このような景色はScubaでしか見れないと思っていたのだが、シュノーケリングで見れようとは・・・。
砂浜が再び広がったので上陸しようと岸に向かうと、インリーフに枝珊瑚の大集落が広がる。小さいものであれば、屋我地島の済井手や久高島のラグーン内で見てきたけれども比較するに値しない。ピンクのもの、黄色いもの、薄い紫のもの等、様々なものがあるけれども、全体的な印象は、HOTELのバスルーム、大根畑に咲き乱れる花々といった所か・・・。貝殻の豊富な砂浜に上がったつもりが残念ながら、これ、といった収穫はなかった。こうして海と浜を行ったり来たりしながら北へ。相変わらずの曇天である。砂浜にも何の拾い物もなく、「思ったより貝殻はないものだ。」と海へ。すると珊瑚の上に大きな塊が!何とホラ貝である。でかいヤツでオニヒトデを食っているところだった。これまで、久高島でホンヤドカリがはいっていたのと、津堅島で打ち上げられていたもの(しかも、割れていた。)しか持っていなかったが、これはそのどれよりも大きく、生きているので、艶やかである。街のお土産屋さんで一万円位で売っていたから、いやはや大収穫である。大事にナップザックのなかへ収める。散らばったオニヒトデの食いかけはまだ動いていたが、ベラに早速、突つかれていた。
そろそろ渡嘉敷島の北限、野崎に着いてもいいはず。海峡を挟んで沖に座間味島が見える。その左端にとんがり帽子のような岩が突き出ている。男岩(うがん)である。おそらく、あの少し狭い海峡が慶良間海峡の端に違いないから、きっと野崎はもうすぐだ。時折りボートダイブの船や漁船がエンジン音を響かせ、少し沖を通り過ぎる。スクリューに巻き込まれてミンチになるのはゴメンなので、やたら長く弧を描く浜(アリガー)へ上がろうと岸に向かっていると珊瑚の上に大きな貝が・・・。初めてみるものでホラ貝と違い、予想もしてなく心が踊る。きっと、珍しいものに違いない。(ゴホウラ ・個体数は少い・・・といわれているが、スキューバで潜ると、瀬底島や部瀬名岬では良く見る。しかも、以降、このヤドカリの集会場所を見つけた為、いずれ俺の部屋にごろごろするようになる・・・)浜に上がって白い砂地をヒタヒタと歩く。湾内では2隻の船が停っている。ボートダイブをしているようだが、俺はこんな所はシュノーケリングで十分だ。したら2万円くらい飛んでしまうはず。勿体ないったらありゃしない。俺だったらシュノーケリングでは潜れないような潮流の激しい所か、マンタ、サメ、イルカなどが見れる所しか行かない(しかし、鮫とマンタはいずれシュノーケリングで見てしまうのだ。はっはっは!)ね。いずれスキュ-バダイビングの免許をとるつもりだけど、是非、そうしよう。ジャノメダカラや超巨大のバカデカタカラガイ(ムラクモダカラ)の朽ちたものを発見。ジャノメは唯一、部瀬名岬の砂浜で幼貝を持っているが、綺麗なものではない。台風の後などは、是非来よう。ジャノメの劣品とバカデカタカラガイの良品を1個づつ見つけた。
最後の浜で(グファチ)でPM4:00。早く着かないと儀志布島周辺を散策が出来なくなってしまう。岩伝いに歩いて行くが、歩行不能になったので海へ。北に行くに連れ深くなってきたが、行く手にダイビング船が泊まっているので、何かあれば助けを呼べばいい。ナンヨウハギが数匹いたが、生で見るのは初めてで、嬉しい筈だが、不安感があってあまり嬉しくない。もし激しい潮で北に流されてしまったら、おそらく遭難であるからだ。出来るだけ崖沿いに、しかも、波で岩壁に叩き付けられないように気を付けながら泳ぐ。いけどもいけども、そそり立つ岩壁ばかりで一つも儀志布の島影が見えない。珊瑚もその姿を消して、寂しい岩場が続 くのみである。幸い、流れが感じられず、(少しはあったはず)まだ大丈夫。やっと島影が見えてきてホッとしたのもつかの間、急に流れを感じた。どうやら儀志布から慶良間海峡へ向け、流れているようで、北でないのでまだ良いが、逆潮の為、なかなか体が前に進まない。しかし、何とか頑張った末、突破出来た。約100mぐらい潮に逆らって進むと、再び美しい珊瑚が姿を現わし始めた。なんとか難関を突破し、一段落したものの、雨がポツリポツリとぱらつき始めた。天気予報の嘘つき!
もうとっくに5時を回っており、「行きはヨイヨイ、帰りは怖い」そのままに、東海岸は白波立っており、身の安全も考えて、儀志布周遊は、また今度の機会にする。万が一の頼みの綱であったダイビング船も全ていなくなっており、戻るしかない。波は高いが、昨日の通りやれば大丈夫、と、海に突入。しかし、高い波に珊瑚に叩きつけられ、非常に痛い。(カーシーと言う所で、波が常に高く、穏やかな波の日ですら、突発的に波の立つ所である。)なんとか波をクリアーして、沖へ。海の中は暗く、吸い込まれそうな気がする。波が時折り強くなりシュノーケルに海水がガバガバ入ってくる。もし気管に一滴でも入れば、この状態では死を意味する。最大限の用心をしながら南下。喉が渇き、お腹もすく。早くキャンプ地に着きたいと思うと、昨日と比べ距離感を感じた。中間点を過ぎ、最後の岬を越えると終着点である。「やった・・・」と思ったのもつかの間、旋律が走る。サメだ!メジロザメ だ!身慣れた形、シボレ-・コルベットを思わすエラ穴、4m位(今考えれば3m弱)の巨体が今、目の前にぬっと現われたのだ。沖縄近海では、JAWSのホオジロザメより も、メジロザメによる襲撃が多い。(ちなみに、1996年7月に、宮古島で漁師が船底を見に海に入った際に襲われ、死亡)中村 征夫の本では、「ホオジロは、よっぽどの事がない限り人を襲わないが、一度狂ったメジロはホオジロよりも恐ろしい。」とあり、ともかく冷静に対処せねば・・・。サメが人を襲うとすればまず、魚を突いて持っていたり、怪我をしていて血を流していたり、赤い服を着用していたり、溺れてバシャバシャしていたりであるが、エントリーした際に珊瑚にぶつけて出来たスリ傷と、Tシャツの胸元にあるLucky Strikeの柄の赤い丸ぐらいだ。ただ、緊張している為か意志に反して、シュノーケルから水がガバガバ入ってきて何度も水を飲む。サメの小眼がこちらを見ているのが判り、さらにぞっとする。サメは俺の目前をド〜ンとゆっくり通り過ぎ、岸の方へ向かって行った。ホッとしたのもつかの間、なんとUターンして戻って来るではないか!やはり俺に関心があるのか、近寄ってくる。ともかく逃げ出す。クリクリ動かしやはりこちらを見ている。襲われるのか?背筋が凍り付くほどの緊張が走る。良く、緊張を楽しむなどと言うが、そんな楽しんでいる余裕などはない。残念ながらカメラのフィルムは切れていて、せっかくのいい被写体なのに記録に残せない。サメはその巨体をゆっくり動かしながら沖へ消えていった。深く暗い海は白波をたてているにも関わらず、静まり返 っている。周りは何事も無かったかの様に小さなコーラルフィッシュが舞っていた。背後に再びあのサメが追ってくるのでは、という不安が有り、急ぎつつも立ち上がったとき、いい知れぬ喜びを感じた。
なんとか雨で湿った木に火を着け焚火を起こしたとき、辺りはもう暗くなっておりホタルがス---ッと走る。ラ-メンをすすりながら、今日の冒険に思いを馳せる。今日サメに襲われなかったのは、観光客の中で戦跡碑に参ったのは俺ぐらいのもんだから、きっと救われたのだろう、と虫のいい事を考えつつ眠りに就いた。
5月6日(月)曇り時々雨
週間天気予報は大ハズレで午後4時まで何をすればよいか悩んでしまう。ともかくこのサメの海からはおさらばしたいが、再び山を越えなければならないし・・・と迷っていても仕方無いので、とりあえずテントをたたみ、荷をかたづける。午後は雨になるようだし、雨中の海もなあ〜と考えながら、渡嘉敷部落へ向かう。しかし海は満潮で、干潮の時に来たルートは今は海の中。しかも波浪注意報が出ていて、波が荒い。一つ目の岩場はロッククライミングしながらなんとか越えようとしたけれども、非常に危なかったので、途中から引き返す。どうしたものかと考えていたが、岩つたいに笹くれてはいるものの、獣道らしきものを発見。ひとまず荷を置いて、いけるかどうかを確かめに行く。どうやら、山越え出来るようである。再び戻って荷を背負い、山道を上がる。頂上へ着くと、禿げ山のように足元を覆うぐらいの草木しかない。眼下の海は荒れて、白波を立てている。一休みしていると、妙なものを発見。モウセンゴケである。遠い昔、ガキの頃、この食虫植物を探して、広島県は三次の谷川沿いや、庄原の七塚原の湿地をうろついたものだが、結局見つからず、まさかこんな遠く離れた沖縄で目にしようとは・・・。 思って いたより小さく直計2cmぐらいで、スミレの様な形である。苔なのにこんな赤茶けた山肌に・・・と思ったが、なんと、小さなピンクの花を咲かしているではないか!つまり、モウセンゴケとは言ってもコケにあらず、なのだ。ど〜りで湿地を探してもない訳だ。蟻を捕まえて葉に乗せるが、微動だにせず。なんやつまらん。小雨も降り始め、気を着けながら山崩れの跡を降りる。なんとか焼却場に着き道路へ。港へ着くと、コーラを飲んで一段落。飲めない状態になると飲みたくなるもので、とてもおいしい。12:00発の「フェリーけらま」が停舶していたので、2便まで待つのもなんだしこれで帰る事に。船は大揺れであり、あのメジロザメの海が白波を立てて怪しい雰囲気であった。
<第1次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区・・・渡嘉敷〜渡嘉志久〜野崎〜渡嘉敷
発見物・・・・ナンヨウハギ ホラ貝 ヤドカリ入りゴホウラ メジロザメ モウセンゴケ
収集物・・・・ホラ貝 ゴホウラ ムラクモダカラ(良) ジャノメダカラx2(劣 )
夜営地・・・・ウフ南
※週間天気予報、新聞より抜粋・・・・・連休中は晴れ。県内 連休の間は移動性高気圧に覆われて晴れる。休み明けは前線の 影響で雨になる。気温は連宮中 が低めで、以降は平年なみ。
嘘つけ!
ウミガメに初遭遇!
(前日分・略)
5月19日(日)晴れ
目を覚ますと夜は明けていたものの、少し肌寒い。すぐに焚火をつけ(今度はすぐついた)暖まる。どうやらこれから満潮になるのか、波が寄せてきている。「今日はどうしよう 。」と考えながらパンとウーロン茶で朝飯を済ます。火が小さくなってきたので薪を拾いに浜辺を歩いていると、ベニソデガイを拾う。この貝は図鑑で少ないとあったが、街では80円ぐらいの安値売っていたので、本当の所はどうなのだろう。(はっきり言って普通種である。でも綺麗)ま、これで2個目だ。
潮も満ちてしまって、荷物を移動できないので、海で泳ぐことにする。海へ入るとさすがに冷たく、かといって上がっても何もすることが無いのでともかく沖へ泳ぐ。沖は潮が流れているせいか温かくなったので、水中散歩を楽しむ。今回の「潜るんです」はフラッシュ付なので、イソバナの赤い色を撮ることが出来るだろうから、イソバナを捜す。イソバナは水深10〜20mの所にたくさん有り、潜れない程でもないので潜って見る。何枚か撮ってみて、前回は北上したので、今回は南下する事にした。途中、あのクマササハナムロの群れを見かけて1枚撮る。カーテンの様にたなびく大きな群れでないのが残念である。渡嘉志久の湾内は白い砂底になっており、まるで雪原をさまよっているようで、とても気持ち良い。もしかしたら久高島で壊れているのを見つけた、あのトウカムリガイが見つかるかもしれない・・・と期待したが、期待する物は見つからない、というジンクス、もしくは「フジケンの法則」通り見つからない。あっという間に湾の真ん中に来てしまい、少し心細い。しかしまだ底も見えるし、せっかくだから向こう岸へ渡って見ようと思い、泳ぎ続けた。砂底にはナマコが「わし、何も考えてまへんねん・・・」と、うだぁ〜っと横たわっているだけで、汚い話だが雪上に転がる犬の糞、というところか。何もなく、つまんないな〜と思っていたが、なにやら砂上にクレーターらしき物が有り、中にいる何ものかが俺が近づくとグルグル回りながら砂の中に消えていく。「いったい何だろう?」と思って手で堀返してみても何も出てこない。「不思議な・・・」と泳いでいるとエイがいた。(ヤッコエイ)写真に撮ろうとするが、ヤツは毒矢を持っているにもかかわらず臆病なのか、あまり近づかないうちにフワフワと逃げ去ってしまう。時折りフエキダイの群れや、キヘリモンガラの大きい奴(間違い*ゴマモンガラ)が回遊していた。やっと岩場が見え始め、底のほうにスイジ貝を発見した。久高島で見つけたものより大きく知念で拾った、壊れていて、アパートの入口に掛けておいたのに空き巣に入られ、「魔避け」としてはまったく役立たずの物と同じ位の大きさのなかなか立派なものだ。最初、殻口が上を向いていたので、てっきり殻だけかと思ったのだが、中身がしっかり有った。面白いことにこの貝は、何度か殻口を上にして転がっていることが多い。近似種のクモ貝はほとんど下を向いているのに・・・。なんで?片手に手離剣の如く貝を持ち岩礁を進む。
珊瑚が少なめでいま一つであったが、まあ、これも探検の内だ。前方に岩の上をコバンザメが居るので、「不思議な・・・」と思って近づくと、岩がグラッと動いた。岩と思っていたのは、何と、ウミガメであった。とにかく写真を1枚撮る。サメの時は証拠写真を撮れなかったが、今回は違う。あわよくば、背中に乗って浦島太郎になってしまおうかしらん、と思い、抜き足差し足で(そのつもりで)近づくが、何やら岩の上の海草かなにかを食べていたにもかかわらず、俺に気づき、ス---ッと逃げていく。陸の亀は遅い代名詞だが、海亀の速い事!あっという間に距離が離れる。慌てて、逃げるところを1枚。クソォ〜と思ったが、海亀なんて、月夜の晩に卵を産みに来るか、スキューバダイビングでしか見れないと思っていただけに、大感激である。しかも、食事?をしているところを激写したのだ!
あの恐怖のサメ事件は別な意味で衝撃的ではあったけれども、海亀の場合、「亀に襲われ足切断」と言う話は聞いたことが無いので、とにかく、嬉しいの一言である。あまり大物に会う期待はしていなかったので、これだとこの一年で、いや、何年かの内で、マンタやイルカに会うことがあるかも・・。マンタは潮流の強いところに出没するらしいし、滅多に見れないらしいから無理かもしれないけど、イルカなら可能性があるかも。(我、今思う、甘い!)ただ、マンタはヨナラ水道が有名だけれども、(現在はダメらしい)ケラマで撮影された映像も見たことがあるし、あの汚い金武湾でも定置網にかかったと新聞に載っていたし、偶然会えるかもしれないぞ。これ迄ドツカンポの人生だったけれども、海に関してはいいかもしれないからひょっとするかも?感動の余韻を残しながら、岸伝いに阿波連までいけるかどうかを確かめに行く。しかし残念ながら、崖に波が砕けており、歩行不可能である。体が冷えきってさすがに寒く、気分が悪くなってきたので、元に戻る。あの海亀のいた所へ着くとあの同じヤツ?がいるではないか。が、近づこうとするも、警戒しているのか、あっという間に深みに消えていった。もしかしたらこの辺りに住み着いているのかもしれない。また来たら、会えるかも。
再び湾を渡りきり夜営地まで戻る。テントをかたずけ荷をまとめて、阿波連に向かう。まだ潮は引いておらず、波が岩場に砕けている。足元が滑り易く、もしこけたらおそらく、荷の中のウォークマンはパーである。絶対こけねーぞと1歩1歩確かめながら進む。何箇所かの難関をクリアし、ビーチもすぐそこなので、あ、もう安心、と思いきや、砂浜からいきなり胸元までの深みになる。 しかも平らな滑り易い岩があり、非常に危険である。頭に荷を乗せインド人化して進むが、荷が重たくこけそうなので止める。陸路もなく、潮が引くのを待つのもまだまだなので、2回に荷を分けて運ぶ事にする。まず、テントと貝の入った袋を運ぶ。これで安全なルートを見つけるのだ。結構深く、岩場に沿って進む。何とか行けたので戻り、同じルートを行く。インド人は1歩ずつ気をつけながら進む。1歩間違えば深みにはまり、悲劇が待っている。岩にへばりつくようにしてなんとかクリア。釣をしていた人が「な〜にやってんのさぁ〜。」と馬鹿にしたように見ていたが、ズッこけなかったのがつまらなかったか、再び釣糸を眺め直した。
あ〜苦しい。ずぶ濡れだった服も次第に乾いてくる。降りるときは速いが、登るのは長いこと。アスファルトが焼け、熱くなっている。日焼け止めを持って来なかったこんな日に限って陽射しが強いんだもんな〜。三つ路までやっとのことで登りきり、阿波連に向けて歩いていると、白いカローラFXが通りかかり、若い派手なグラサンを掛けた若者が2人乗っていて、通り過ぎた後止まった。何と、乗せてくれるらしい。しかし、体が湿っているから、と、お断り(何で丁寧語やねん)したが、別に構わないと、乗せてくれる。なかなかできた連中で、本島から移り住んで2年になるという郵便局員だそうだ。丁度いいので東海岸側に抜ける道はないか、聞いてみた。しかし、一つ山を越えなければならないようで諦めて、阿波連ビーチで降ろしてもらう。
おもいきり観光地されていて、貸浮輪のおばちゃんらがおり、例のアホガキ達がせっせと体を焼いていた。そんな所からはさっさとオサラバして岬のほうへ向かう。そこには米軍関係であろう家族の団体がいたが、ビキニを着けていたのは肉のだぶついたオバンばかりで目の毒だった。あ--悪いものを見てしまった。荷を岩影に置いて海に入り、目指すは沖の無人島。ビーチ向けに潮が流れており、泳ぎづらい。途中、テングハギを発見。写真に残す。短いようで長い水路をやっと渡りきり、無人島に到着。真っ白の砂浜、草木のほとんどない岩山。荒涼とした世界は、まるで地中海を彷彿させる。(最も俺は行った事はないが・・・)小高い岩山の上に登り、写真に撮る。砂浜で貝殻を拾い、初めて見る貝を拾う。(ナガアジロイモ)多少波に洗われ、摩耗しているけれども、なかなか良い。そして、ツボイモを発見。色も濃く、良品である。こうしているうちに、そろそろ帰る時間が近づいているので、戻ることに。marineらしき外人が泳ぎ渡ってきたので、綺麗だったか尋ねると、とても綺麗だった、と言っていた為、彼等の来た方向に泳ぐ。しかし、来た方よりは、内湾的で、それ程ではない。ふと、砂地に三日月模様があるのに気付きよく見るとなんと、オニダルマオコゼである。猛毒の危険な魚として、図鑑で見た事があるが、本物を見たのは初めてである。網を持っていたら、おいしいらしいので採って食うところだが、残念な事に網が無いのでかんべんしてやる。その変わりパチリ。砂にうずまっていたので、刺されないよう、珊瑚のかけらでつ突き出すのには注意を要した。
荷物の所まで戻り、PM2:30。潮がすっかり引いて、渡嘉志久方面に続く砂浜がおいでおいでする。誘惑に負け、砂浜を歩くと、先程見つけた芋貝と同じものを2個見つけた。得意になって戻ると、ビーチには誰もいない。「やばい!」と急いでバス乗り場へ走るも、バスは既に無く、出てしまっていた。ガチョ〜ン。が、まだ一台、民宿のバスが向こうにある。交渉すると乗せてくれたのでホッとする。しか〜し、乗り込んだはいいが、外人ばかり。先程の米軍家族である。話しかけられたら、と、頭の中で英作する。周囲はぜーんぶ外人。何時の間に外国へ来てしまったのか、という感じである。結局、この薄汚ないYellow Monkeyには興味が無かったのか、何も話しかけられる事無く、港に着く。つかの間の海外旅行を終え、アイスを買う。森永の「カチワリ」という氷菓子で、甘過ぎず、なかなかのヒットである。40分間、デッキにでて潮風にあたりながら景色を楽しんでいたが、疲れていたので椅子にすわって寝た。
<第2次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区・・・渡嘉志久〜野崎・阿波連〜ハナリ原(無人島)
発見物・・・・海亀(アオウミガメ)・ハチジョウダカラX6
収集物・・・・ハチジョウダカラX4(極美)・ナガアジロイモX3(良〜可)・ツボイモX2(良)・ジャノメダカラ(良)・ムラクモダカラX2(良・美)・タルダカラX3(良)・ベニソデガイ(良)
マダラトビエイに初遭遇!
6月29日(土) 晴れ
いつもながらのかけ込み乗船で「フェリーけらま」の甲板に立つ。快晴で気分がよろしい。フェリーは満席状態で、最近、船から見れるのはトビウオのみと分かってきたので、カメラは持たずに左舷前方に陣取った。PM2:00出航。周りはゴールデンウィーク関連のアホガキで一杯だ。あ〜、早くこんな奴等とお別れしたいものだ。
出航して外洋に出るとすぐ、トビウオが数匹滑空したので歓声が上がる。余りにもうるさくてウォークマンのボリュームをめいっぱい上げる。グレート・ブルーのテーマ曲が紺碧の輝く海にマッチして気持ちよい。前島にさしかっかった時、う〜ん、こんな輝く美しい海を撮らぬ手はないよな〜と思いつつもここを少しでも離れると周りのガキどもにベストポジションがとられてしまう。仕方なくカメラを持ってくるのを諦めた、その時!船首に白く光る物体が斜めに横切った。体中に電気が走り抜けたような感動と、頭の血の気が一気に引くような無念が渦巻いた。イルカ だ!しかも2匹!まるで俺に「写真に撮ってくれピー」と言うように左舷の目前でジャンプ!初めて見る野生のイルカだ。一気に周りのアホ共が押し寄せ、押し潰されてしまった。「このアほどもがーっ!」とムカムカしたが、多勢に無勢、勝ち目はない。それよりも何と悔しいことか。これまではカメラ片手に海に穴が開きそうな位に海を眺めていたのに、カメラを手にしていないときに限って!ついていない、いや、ついているんだけどついていない。イルカは3回ジャンプした後、船が造る波間に消えてしまった。
悔しい気持ちの余韻を残したまま、渡嘉敷島に到着。阿波連行きのマイクロバスに乗り込み、阿波連に到着。ビーチは無視して岬の先端へ。渡嘉志久方面へ繋がる砂浜を歩き回る。しかし、何の収穫も無し。すぐにゴムボートを膨らます。この度はこのゴムボートにいっさいの荷物を乗せて東海岸に行く予定である。防水バックも購入済みで抜かり無く、陸上用のカメラ、ウォークマン、着替え等も濡れる事無く恐いもの無しである。まずはハナリ原へ試運転である。とは言っても乗るわけではなく、俺はゴムボートを引っ張るタグボートなのだ。島に着くまで少し潮流があり、ゴムボートが心配であったが大丈夫であった。少し休んだ後に南下。少々の深みはゴムボートがあるから恐くない(何か有ればしがみつけばいいのだ)し、船が来てもまずひかれることはないだろう。停泊しているダイビング船や、白い砂地にある小さな根の周りで集団で泳いでいるダイバーを横目に沖へ。前回、海亀の2匹いた岩壁につくが何もいなかった。
午後6時を過ぎてだいぶ薄暗くなり、太陽は阿嘉島の山際にさしかかっていた。途中、サザナミヤッコの幼魚をカメラに収めた後、やっと南端の砂浜に到着。しかし、南の島の夜はまだ十分明るいのであった。拾いモノはなく、荒涼とした土山を超えて東海岸へ。風が心地よく吹いており、ゴムボートの上に寝転ぶとなかなか心地よく、今日はテント中止。ふと慶良間海峡側を見ると夕焼けで空が赤く染まっているので写真を撮りにいく。ハブに気をつけながら西側へ。静かにきらめく慶良間の海は夕映えの中で穏やかであった。2枚ほど写真に写した後、土山の一番高い所に登ってみる。わずか20〜30・であるが、次第に暮れていく海の向こうに沖縄本島の夜景がきらめく。ふと、足元を見ると無数のサバテイラや夜光貝が石灰化して転がっていた年期モノであり、海岸とはいえこんな土山の斜面に有るとは、もしかすると貝塚か?(ご名答)その中にラクタ貝を発見。かなり白くなっていたが、取りあえず持って帰る事に。昨年、久高島でお世話になった糸数さんの家の床の間にはこのラクタ貝と夜光貝、トウカムリ貝が飾ってあったよな〜。
真っ暗な水平線の向こうに夜景が広がる。少し距離が有りすぎるが、それでも豊見城に有る電波塔(NHK)が点滅し那覇空港へ飛行機が着陸しているのが見える。よく目を凝らしているのだが、何故か牧港の沖縄電力の煙突が見えない。死角になっているのだろうか。写真に残すほどの夜景ではなかったが、それでも十分綺麗であった。南の空にはさそり座が輝き、糸満沖に大きな月が浮かんでいた。雲の塊がせわしく過ぎ去っていく。満天の星空を眺めていい気持ちになっていると、北の浜辺に青白い光が現れ、しばらく動いていたが山の斜面を登っていき、すーっと消えた。未だに未練を残した太平洋戦争の犠牲者の亡霊であろうか。月明かりが白夜のように砂浜と土山を照らしあげる。満月だろうか、月夜の明るさに驚く。先程の明かりが気になったが、海亀の産卵のチャンスだから、9時過ぎに北の浜辺まで遠征してみる。延々と2・近く北上してみたが何の収穫もなかった。そして人気は全くなかった。どっと疲れてゴムボートの上に寝転び星空を眺めている内に、いつの間にか眠りに就いていた。
6月30日 晴れ
まだ暗いうちに目が覚めてしまった。しかし、東の空はにわかに赤く染まり始めた。
午前4時半。昨日よりも波が強まったようだ。本島の夜景もうすらみ、朝焼けの茜が少しづつ広がっていく。今日はいよいよ東海岸北上作戦の開始である。昨夜歩いた道を通って北の浜まで移動。その浜は非常に大きく、所々にタイヤの跡や焚き火の跡が見られた。この浜辺に通ずる道があるようで、昨夜の不審灯も恐らくバイクか何かだろう。浜は広く、やたらとゴミが打ち上がってはいたが肝心の貝の打ち上げは皆無であり、あっという間に野嘉良岬に到着。波が強い海に入る。しかしリーフ内であり恐怖感はない。ただ潮流があって生憎、逆流だったので岬を越えるのに苦労した。所々に深みがあり、ニザダイがこれみよがしに泳ぎ廻っている。こちとら流れに逆らって泳いでいるだけで精一杯なのに。朝の満潮時には大物が多いので、サメに注意しながらも海亀を捜す。岬のおどろおどろしい岩壁を越えると、遥か北までず〜っと延びた砂浜が続いていた。これはフェリーからも見られたモノで、 ロングビーチと名付けよう。
「少し浜へ上がって休もうか。」と思って岸に近付いたその時、水深2・の浅瀬に大きな物体が。「はは〜ん、海亀だな・・・」と、カメラを用意。しかし、どうも様子が違う。長い尻尾が有るではないか!「マンタ?」いや、余りにも調子良すぎる。よく見ると、あの、下から見るとファミリーマートのマークのお星さまによく似ている、マダラトビエイ ではないか!こんなモノがこんな浅い所で見られるなんて!約3・迄近付いて一枚パチリ。今度はフラッシュをたいてもう一枚。するとマダラトビエイは一目散に沖へ逃げて行ってしまった。「う〜ん、もう少し近くまで近付けたらな〜。」と贅沢な事を思いつつもほくそ笑む。これはチャンス到来かア?といい気になったが、そのロングビーチは思ったよりも拾いものが少なく、手ぶらのまま元に戻る。ただ山羊の糞が多いのみであった。ますます波が強まっており、波に揉まれながらも悪戦苦闘の末、岬の先端へ。と、その時!・・・と書きたいところだが、残念ながら何もないまま、穏やかな内湾へ。湾内は浜サンゴのわりかし大きな群落があったものの、何と言うことはなく、荷物のある浜へ戻った。ウーロン茶とパンを食べて運動後の朝食だ。まだ満潮で、もしかしたら海亀に会えるかも、と帰路に就く。ゴムボートは思ったより安定しており文句無し。この一年はこのスタイルだな。
ハナリ原の砂浜で一休み。結局な〜んもいなかったのだ。まあ、マダラトビエイが見れたからいいさ!と自分を励ます。相変わらずダイバーが何の変哲もないサンゴの根の周りを囲んでお遊戯しておる。アホな奴等め。阿波連に到着し、荷を浜辺に置いて商店へ。食料調達である。パンとウーロン茶を購入した後、民宿の食堂で案外安い冷凍マグロの刺身定食(600円)を食べて戻った。既に2時を廻り干潮に。アウトリーフに沿って北上、渡嘉志久に向かう。蘇鉄岬にさしかかろうかという辺りを泳いでいると、なんと!またもやマダラトビエイではないか!近付いても相変わらずホバリングしていて逃げようとせず。上から2〜3枚写した後、下からあおろうとするがボートが邪魔である。手を離して潜るも逃げられ、あのファミリーマート顔は写せない。ボートが遠くに流されており、やばかったのでボートを追いかける。ようやくボートを手にした後もまだ先程の所にマダラトビエイがいるのが見える。しかし、かなり離れているしフィルムも後一枚で無くなることだし、あきらめて北上。二匹も見るんだからきっと沖縄では珍しいモノではないんだろう。良い写真が撮れていることに期待しよう。蘇鉄岬で逆流と格闘していると、なんや青いビーズつきの釣り糸が絡んでいたので手ではねのけた。ら、チカチカッと痛みが走る。それはカツオノエボシであった。初めてカツオノエボシに刺される 。う〜ん、良い経験なんだか・・?渡嘉志久沖のブイの周りにハマフエフキが群れており、白い砂地に溶け込んでいて美しく、思わずボートを離して写真撮影。なかなか良いアングルにならず、最後の一枚の為に奮闘していると、ボートはサンゴの礁原に乗り上げ、波をあおって裏返しに。気付いた俺はすぐに追いつき、散らばって波に揉まれている荷を回収。防水バッグを買ったかいがあったというものだ。が、荷物を全て浜へ上げた時、悲劇が起こっていたのだ。防水バックから海水がしたたり落ちる。口をしっかり縛っていなかったツケであった。奇跡的にカメラは無事であったが、ウォークマンは海水の中で遊んでいた 。何の為の防水バックなんだ!やり場のない気持ちを静めようと浜を歩き回ったが収穫無し。運が良い事が起こるとその倍以上に悪い事が起こってしまう。これも俺の宿命なのか・・・。
座間味島に沈みゆく美しい夕陽も、空にきらめく星空も、今の俺には何の感動も与えなかった。着替えは全て湿ったまま、砂浜の木の上で風になびき、ライターは水没しているので火も起こせない。おまけに蚊の襲撃に会い、体中を刺されまくった。普段、山羊を相手にしているだけあってその痒さの強烈な事と言ったら。身も心もズタズタのまま、ラジオすら無い悲劇の一夜は、耐え難いほど長かった。
7月1日(月)晴れ
本来なら、儀志布島を廻ってみようと思っていたのだが、余りもの災難に「このままだと次は死ぬんじゃないか・・・」と思って急遽変更。、大人しく那覇に戻る事に。とてもじゃないが16時までこんな気持ちで島に居れない。12時の船に乗り込むが陸上カメラのフィルム切れ。悔しいが、これでまたイルカが出たら余計悔しい、と700円も払って「写るんです」を購入。しか〜し、那覇に着くまで・・・。ふん!イルカ!!
<第4次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区:阿波連〜ハナリ原〜渡嘉敷島南端〜東海岸(ロングビーチ)阿波連〜蘇鉄岬〜渡嘉志久
発見物 :イルカ×2 マダラトビエイ×2
採集物 :ホシダカラ(劣) ナガアジロイモ(美) アミメダカラ(並)
被害報告:ウォークマン、カセットテープ×4
オウムガイをゲット!!
8月17日 晴れ
台風10号一過。船が出るかどうか危ぶまれたが予定通り出港。本当は予定では「長崎にジンベイザメを見に行っちゃおうツアー」(あまい!!)を決行するつもりだったのだが、波が高くて取りやめ。イルカに会えないままに3時半に阿波連に到着。渡嘉志久方面に海岸を北上するもののたいした拾いモノは無し。波はそれ程ではなく、蘇鉄崎越えが出来そうだ。また、リュックサックの肩掛けが片方とれた為に陸上移動はいずれにしろ不可能である。それ程ではないとは言ったものの、そこはそれ台風一過。リーフ近くはうねっていた。何とかリーフ外に出て蘇鉄崎越えを強行、逆潮とうねりでなかなか前に進めなかったけれども悪戦苦闘の末、ようやく渡嘉志久の湾内に入れた。しかしもう、夕方の6時。すぐに歩いて浜を北上、しかし成果なし。アリガーでもう7時半。
暗い中、急いで戻る。風が全くない為に蚊が多く、持ってきた筈の虫よけスプレーも何処で落としたのか見つからず、地獄の様で蚊に喰われ放題。手足にタオルや服で防御するが暑い暑い。結局、朝4時まで寝付けなかった。
8月18日 曇り一時晴れ
朝5時半に起きる。寝不足だ〜。朝方雨に降られて湿っぽい。やっぱ、テントは必要だな〜。干潮とはいえ今日は小潮、歩行不可の為に海から渡嘉志久に戻る。例のチカチカ攻撃にあい、逃げるように渡嘉志久ビーチに上陸。6時から渡嘉志久を後にいざ渡嘉敷へ。アカショウビン が「キュロロロロ〜」鳴く山道をテクテク歩く。
やっとの事、儀津崎に到着。そうなのだ。これから儀志布島へ向かうのである。もっとも、前回もそうだし、この度もあまりいい拾いものが無いから半分諦めているのだけど・・・。でも、もしかしたりして。波が強い為、荷物は置いといてウーロン茶のみゴムボートに入れて海へ。いきなりカツオのような銀色の魚の群に会う。そいつらは大きな口をガバッと開けて水面付近のプランクトンを食べていた。(グルクマ)
何にも会わないまま(流れが強いくせに大物がでんじゃないか!)流れに乗って約1時間半で水路に到着。溜息のまま水路を泳いでいるとなんと、ウミガメが横を一目散に逃げて行くではないか!すぐに写真に写すが濁っていたにも関わらず、ついついフラッシュを焚いてしまった。こりゃ、雪が降ったような写真だな。浜へ上陸したが一見して驚くような拾いものは無し。ただ前回、クモガイの大きい奴だと思って捨て置いたラクタガイの幼貝が有ったのみ。ま、無いよりましか。これは北に登っても何にも無いかもな、と思いつつ北上。
と、何やら丸っこいモノが打ち上がっている。おおおお!なんと!オウムガイ ではないか!海の中道を中心に漂流物を集めている人の本に黒潮洗う、五島列島や対馬で拾ったオウム貝があったが、当然沖縄に有ってしかるべき、と探し求めていたモノである。さすがに大航海してきただけあって破損しているがオウム貝らしさは十分残っている。これが強烈な太陽で白化していたり、破片のみであっても仕方ないのに、こんな完璧に近い形で見つかるなんて!もちろんお土産屋で売っているような欠損ひとつ無い綺麗なモノも良かろう。しかし、この長い旅をしてきてようやく打ち上げられたこの破損は味わい深いではないか。よくぞ、ここまで流れ着いて俺に拾われたものだ。えらいぞ!
一番北の浜まで歩き、収穫無し。いいもん、俺にはオウム貝がある!洞窟から見える東海岸はぶち荒れていて、とてもじゃないが泳げない。ウミウサギやヤドカリを捜そうと思っていたのだがや〜めた。
16時の便に間に合わそうと海へ。本当は一泊したいもんだが台風12号が近付いてきているらしいので帰るのだ。蚊の襲撃に会うのも嫌だし・・・。サメ海域はサメは姿を見せず、護身用の「サメが近付いてきたらエイッ、エイッとやるから安全だよ棒」も持っているのが馬鹿らしく捨てる。どうせ浜で拾った棒切れだ。すると、大きなアジが突っ切っていくではないか!しかも底を初めて見るホワイトチップ・リーフ・シャーク(ネムリブカ)が悠然と泳いでいる。残念ながらいずれも写真に残すには遠すぎるが・・・。う〜、くやしい!しばらく泳いでいると、今度はウミガメだ!ここはウミガメが出る、とダイビング雑誌に載っていたが、まさにその通り。しかしコレもまた遠すぎた。長らく儀志布島・渡嘉敷間では大物が見れなかったが、やはり出るのね。もしかしたらジンベイザメも夢でないかも。(我、今思う、夢だよ、夢!)
焼却場から港が見える所まで来たが船がいない。もう15時20分、停泊している筈なのに・・・。まさか!台風の影響で欠航?あせって港に着くと何の事はない、海が荒れていて到着が遅れていただけであった。15時40分、「フェリーけらま」が到着。乗り込んだ。結局、イルカが出ぬまま泊港に到着。股ずれが痛いぜよ。
<第8次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区:第6次渡嘉敷島越島隊と同じ
発見物:アオウミガメ×2 特大ガーラ ホワイトチップ・シャーク
採集物:オウム貝 ナガアジロイモ(並)×2 ラクタガイ(幼貝)(並) ウミウサギ(幼貝)(並)
ラクタガイをゲット!
(前文、略)
9月5日(木)晴れ
朝、またパラパラと降る。ボートをかぶって5分、雨雲は去っていった。朝5時過ぎで明るくなってきたので浜辺を歩く。8時過ぎて2人が起きてきたので朝食。ご存じ豪華カップラーメンである。2人を残して俺は北上。あっという間に蘇鉄崎につくが渡嘉志久方面に流れていたので流されないよう戻る。リーフの上に海亀がゆくも写せず。
戻る途中、水深10・位下にクモガイ発見。「しかし、それにしても大きなクモガイだな、もしかすると・・・」と潜ってみる。なんと!ラクダガイ ではないか!残念ながら老成化していて綺麗ではなかったが、収穫である。やっと見つけたゼ。本では「死滅サンゴの礁原上」とあったが見つけたのは流れの速いごつごつした岩場の小さな砂地であった。ウミウサギも「黒いソフトコーラル上に多い」と有ったがこれまでは白と紫のソフトコーラルであった。本はあてにならんわ。戻る途中、50・位のイソマグロがすぐ近くまでやってきたが写真に撮れずじまいであった。
元に戻ると二人は「なかなか戻ってこないので死んだのでは、と思った。」と言っている。「渡嘉敷島越島隊隊長の俺が3時間位戻ってこなかったからといって、慌てるんじゃね〜。」とカツを入れて収穫物を見せる。ラクタ貝に驚いたのはk1で、昨日体を焼きすぎたk2はテントの中でダウン気味。k1が「もう一度シュノーケリングしまへんか。」と言ってきたので10〜15・の砂地と根の有る所へゴムボートに掴まらせて引っ張っていく。タマンの群やサザナミヤッコを見せると素直に感動していた。
夕方5時、泊港に到着。今回は越島隊にしては軟弱であったが、まあ3人無事でよかった、よかった。
<第10次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区:阿波連・蘇鉄崎
発見物:ウミガメ 法螺貝 ラクダ貝 イソマグロ×2
採集物:ラクダ貝
夜光貝発見!マンボウガイ打ち上げも!
9月28日(土)曇り時々雨
先々週は台風17号が、先週は台風20号が沖縄に接近した為に連休がパーになってしまった。特に先週は第11次渡嘉敷島越島隊を予定していただけに今週こそ、と思ったが、木曜日に近年稀にみる大型台風19号が接近、またもや遠征が危ぶまれた。20号なんかはk2達がフェリーで帰った後すぐにやってきて、2週末連続で沖縄本島に接近した迷走台風であり、ついていない俺とトリプル台風が発生していたにも関わらず、立ち往生することなくすり抜けていったk2達との違いと言ったところか。土曜日の波の高さは4・、恐らく欠航であろうな、と思いつつ港に行ってみると出港するようだ。2時に出港したもののまるでジェットコースターに乗っているようなうねりであった。トビウオすら飛ばずイルカも海の底でじっとしているのだろう、出るはずもない。
港に着く前に儀志布島方面を見るが、ぶち荒れており渡嘉志久に変更。ビーチ内でいきなりヒメショクコウラを発見。ただしヤドカリ入り。今までで一番大きいので可愛そうだが死んでもらう事になる。干潮しきっておらず、岸沿いを歩くも高い波のせいで下半身ずぶ濡れになって一つ目の浜へ。ふと手前の岩の割れ目を見るとなんと!マンボウガイ ではないか!前回同様、白化しているが前回よりも質はいい。いきなりの宝物に神に感謝。「これはさいさき良さそうだ。」と思って歩くこと2時間。結局拾ったものと言えばムラクモダカラの劣品一個のみ。
一応、マンボウガイが拾えたからいいか、と納得してテントを建てる。今回からはテント持参なのだ。しか〜し、雨よけカバーを忘れてしまった。「雨にやられなばいいが・・・」と思ったが、そこはそれ雨男の哀しい性かな、ポツリポツリと雨が降ってきた。次第に雨が強まりテント内は雨でビチョビチョ。あ〜、明日、一日中雨だったら切り上げて戻ろう。
9月29日(日)曇り時々晴れ
ゴロゴロゴロオオオ・・・という音で目が覚めた。「いかん、浜にテントでは雷の的になってしまう・・・。」とテントを倒し寝袋状態に。濡れているので気持ち悪い上に蒸し蒸しする。雷光と雷鳴が響きわたり、恐ろしい。しばらくすると大雨と強い風が吹き、雷もおさまった。しばらくして雨も小降りになってきたので「やれやれ」とテントを建てた瞬間、稲光とともに「メリメリメリ・ドド〜ン!」ととてつもない音を立てて落雷。空気の振動がものすごく、あともう少しテントを建てるのが早かったら今頃は・・・と思うとぞっとする。何処に落ちたのか分からないがそれを境に雷鳴は遠くに消えていった。外は薄明るくなっており、雨も止んだ。焚き火はとても起こせる状態ではないのでパンを2個ほおばった後、海へ。予想通りあのチカチカ攻撃にあわなかった。「着実に夏は過ぎ去っていっているのだ。」と思うと何かもの悲しい。
予想以上に海は濁っていた。渡嘉志久方面へリーフ沿いを南下、惑崖崎に到着。眼下に大きなヘラヤガラが一匹いたので撮ろうとするが逃げられた。と、その横の洞窟にイセエビ発見。生きている姿を現実に見るのは初めてであり、一枚写真に撮る。セミエビのように持って帰ってご馳走にしたかったが、これから儀志布島に行くつもりなので諦めた。(当時は写真を撮っても逃げようとしなかったのでそう思ったかもしれないが、実際は採ろうとしても逃げられていたはず。)渡嘉志久ビーチの沖合いにあるブイの近くまで行くと何やら底の方に丸く黒い大きなものが!ウミガメだ!敏感な亀も俺が上から見にくい程濁っているので気づかないのか、潜行してパチリ。片手が無く一生懸命、左手をこいで逃げていった。サメにでもやられたのだろうか、哀れ。
蘇鉄崎越えも潮が停まっていてどうという事はなく、テングハギモドキの群に囲まれて最初の浜辺に到着。ナガアジロイモとソウジョイモを一個ずつ見つけた。
期待していたマダラトビエイに会えぬまま12時50分、阿波連に到着。ハナリ原まで行っているとあっと言う間に2時50分。荷物をまとめて体を洗ってバス乗り場へ。
港に着くと波はまだ高いけれども行けない程ではない、という事で儀津崎からエントリー。しかし、思ったより波が強く、ゴムボートをひっくり返されないよう気をつけながら何とか沖へ。うねりが激しく体が上下する。追い潮で順調にチーヘーヤーにつく。濁っていてサメが出て来そうな雰囲気だったが代わりにカメが出てきた。写真には収められぬまま、遠くへ消えていった。午後5時半、儀志布島に到着。予想外に拾いものは無く、大雨が降り始めた。先程せっかく持参した水で体を洗ったばかりなのに・・・。一雨さってみたものの、空はどんよりしていて綺麗な夕焼けも拝めなかった。真夏と違い、気温が下がったのか少し肌寒い。もうそろそろ目の前の海に鯨がやって来るのだな〜。
空にさそり座、白鳥座、そして天の川がたなびく。広島・ヤクルト戦は広島が5-4で松井が代打満塁ホームランを打って勝利。これは明日は良いことが・・・と思ったのもつかの間、雲が出始め雨が降る。ゴムボートをかぶり、ポリタンクの上に座ってウトウトするのが精一杯。やっぱ、ついてね〜や。
9月30日(月)曇り
昨夜は雨で悲惨だったがこの度はカバー無しのテントよりもゴムボートの方が体が濡れなくて正解であった。とはいうものの実は雨用にテントを建てていたのであるが、どうも支柱の一本を落としたようで、テントがひしゃげて使いモノにならなかったのである。虫よけも塗っていたのであるが顔に2,3ヶ所噛まれていた。雷がなかったのが救われた。お腹が空いたのでウーロン茶とパンを食べる。落として砂のついた部分を捨てるとすぐにヤドカリがやって来た。よく見ると風下の方から続々と歩いて来ていたのには、少し怖いモノがあった。
男岩の近くに漁船らしき2〜3隻の船が停泊している。干潮の西海岸を歩き回ったが何の収穫もない。洞窟を越えると海が渦巻いていて「こりゃあ、あかんかな〜。」と思いつつも波間を狙って海へ。吸い込まれるように沖に流され、眼下に綺麗な珊瑚礁が広がる。岸に近づくと波が渦巻いているので出来るだけ沖を泳ぐ。リーフエッジにゴホウラ2個発見。アオホシヤドカリ入りである。ただ、いづれも石灰化が激しくて捨て置く。するとアツソデガイ発見。こいつは稀産品らしいから石灰化が激しいけど採っておこう。幽霊浜辺が見えてきて波の少ない中央突破で上陸しようか、と思ったその時!水深5・位の所に丸く白いモノが見える。夜光貝だ!大発見!丸いのは貝の蓋でまるで置かれたようにテーブルサンゴの上に転がっていた。サザエのお化け。夜光貝はおいしいらしいから是非持って帰って食べよう。(家に持って帰って茹でた後、シークワーサー醤油で食す。貝の内蔵処理をしたので多少気持ち悪かったが、もしこれが他人がご馳走してくれたらさぞ、おいしかったことであろう。勿論おいしかったけど。)蓋が閉まったままだったが、記念撮影。その後、上陸する。浜に上がろうとした時、大きな波に襲われゴムボートが反転。散らばったモノを集めて上陸。カメラやラジオが無くて良かった。浜にはこれといった収穫はなく、「なんだかな〜。」と思っているとなんと!海亀の産卵後 ではないか!キャタピラの様な跡が海から浜の上の木の下まで続き、そして海に戻っている。比較的新しく、「おいおい、もう10月だぜ。卵が孵ったら12月じゃね〜か。」と、呆れる。今度来るときは11月下旬だな。越島隊の記録として証拠写真を残しておく。
何度か隈無く浜を歩くとようやくツボイモ(並品)発見。波間をかいくぐりなんとか海に戻ると、もう12時半。戻らねば!
帰り道、 バラクーダを発見。残念ながら撮れず。くそ〜っ、サメとかコイツとか、危ないモンは撮れねーなー。
<第11次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区:渡嘉志久・野崎→阿波連→渡嘉敷・儀志布島(島一周)
発見物: 夜光貝 アオウミガメ バラクーダー 海亀のはった跡(産卵跡)イセエビ
採集物: ツボイモ(並) アツソデガイ×2 ヒメショクコウラ(美) ソウジョイモ(並) マンボウガイ(劣or並) 夜光貝
ウミガメの産卵、その後・ロウニンアジとの初遭遇!ホワイトチップシャークも初激写!!
11月22日(金)晴れ
昨夜まで曇天が広がっており、週間天気予報でも今日から天候が崩れ、日曜日などは低気圧が近づく為に雨が降るようだ。最近の気温は日中だいたい、23℃〜25℃、夜が18〜20℃。おまけに風邪をひいている。ああもうすぐ年が暮れる。こうしてはおれん、とばかりAM10:00泊港を出港。(おいおい・・・)冬を迎えたフェリーの中はガラガラで、海を見ていてもトビウオすら跳ねなくなってきた。勿論、イルカは言うに及ばず現れずじまい。
港から焼却場まで暑くないのであっと言う間に楽々到着。儀津崎からいつものように海へ。予想外に冷たくない。冬は海が透明だ、と一般に言われるが、多少濁っていたのは残念であった。最近荒れていたしね。天気予報が俺にしては珍しく良い方に外れてくれた為、海は穏やかである。追い潮で順調に進み、途中、クマササハナムロの群を見る。冬になると、体色が水色のストライプから前半分に縮まっていた。水路沖を越えて儀志布島東海岸を北上。さすがに底冷えがしてきた。36枚フィルムなので適当にシテンヤッコやハタタテダイなどを写して進もうと潜行。鼻の奥からこめかみにかけて激痛が走る。鼻血がでる。やはり、風邪で鼻が詰まっていたのに無理をしたせいであろう。気をつけなきゃな〜。こういう時に限って珍しいモノが出るもので、イシガキダイを発見。無理して潜行。「ブチン!」という音とともにまたもや激痛。血管がブチ切れたのか?しかし今度は鼻血はでない。しばらくその痛みは続いた。(ちなみにこれ以降、疲れると左眼の付け根、三叉神経の篩骨枝が痛むようになった。現在も継続中。眼科でも耳鼻科でも不定愁訴扱いであった。おそらく篩骨洞内の粘膜が陰圧ではがれ、そこが神経をかすめて肉芽化しているのではあるまいか?)
やっぱり、夏に比べると大物は出てこないのかな〜。何処と無くサンゴも黄色っぽく、これがもしかすると紅葉なのかも・・・。こんな冬になって亡霊もなんもあったもんじゃないから、(釣り人がここで幽霊を見たらしい。しかも他の人からも聞いた)東海岸の浜、自称 「幽霊浜」に上陸。さすがに3時間近く沖縄とはいえ、冬の海につかり続けていると、体が凍りつく。吐き気が襲い、しばらくは浜辺に吹く風にうち震えていた。大きなラワンの流木のたもとに荷物を置き、ウーロン茶を飲む。
さてさてこうまでして、何故にここに来ているのか。「好きだから。」では身も蓋もない。何を隠そう、海亀の孵化を見に来たのである俺は多分、今年で沖縄は最後だろうから悔いを残さぬよう・・・。(こらこら!ほとんどアホである)しかもこんな冬での孵化なら新聞モノだしな〜。足跡は消えているが、だいたいこの辺り、と再確認。西海岸へ向け、再び海へ。さすがに入り辛い。北上してもうそろそろ洞窟だな〜と思った時、目の前に大きな物体が! ロウニンアジだ!約5・位の水深をス〜ッとこちらに向かってくる。でかい!体はガンメタリックに輝き、鰓鰭はムチのようにしなっていた。残念ながら潜れない。これ以上潜ると鼻がダメになるかもしれん・・・。二枚ほど水面から写す。その横を海亀が通り過ぎるもカス!と相手にしなかった。。西海岸は何の拾いモノもなく薄暗い中、何とか浜に戻る。
焚き火を起こして体を温める。世の中、こんな馬鹿はおるまい、とほくそ笑みつつカップ麺を作る。ダイエーで売っていた、なんと160円が99円のお買い得。うわー、貧乏くさ!満月を見ながら夜の海を眺める。前島の向こうには沖縄本島の夜景がチラチラ見える。そろそろ・・・と思いつつ産卵場所近辺をうろつくが変化無し。いつの間にか干潮になってしまい、もしかするとリーフ沿いにナンヨウダカラが・・・と思って歩き回るが、ウツボが3匹いただけだった。
すっかり気落ちした深夜、すぐ沖をサバニが通りかかる。きっと船に乗っている人は怪しげな懐中電灯の明かりを火の玉だと思っているのではあるまいか。はっはっ。
寒くなってきたので再び消えかけた火をつけ直そうと思ったが、ライターが壊れた。
ついてない。最後に巡回してみるが変化無し。しゃあない、寝るか!
11月23日(土)晴れ
オリオン座が輝き、月は儀志布島の崖に消えかかっている。月が隠れると朝が近づいているにも関わらず暗くなる。さすが満月、天晴れだったよ、と思っていると6時近くになると夜空が白んできた。前島あたりが赤くなり、美しい朝焼けに見とれる。ドラマチックな夜明けですがすがしい。乾燥した空気と沖の前島や黒島がくっきり見えて、音はしないが「コォ−−−−ッ」というような荒涼とした音が聞こえるようだ。結局、海亀の卵の孵化は見れずじまいだったが、ロウニンアジが見れたんだからよしとしよう。
パンをかじりながら浜をぶらついていると、なにやら見慣れぬ文字が。やたらドイツ語のウムラウトのようなモノが並ぶ始めてみる字だ。(本やでアジア文字を立ち読みするとタイ語であった。その2日後の旅行モノのテレビで思いっきりタイ文字がでてきてタイの案内をしていた。わざわざ球陽堂本店まで行って調べあげたというのに・・・)記念に持って帰る。元に戻った時、流木の元に何ぞ見つける。なんと! 海亀の仔のミイラではないか!石の多い浜で有る上にこの流木が有った為に海にたどり着けず死んでいったのだろう。甲羅と手足のみであったが新しそうだ。どうやら孵化は前回の大潮あたりであったようだ。臭くなく、これも記念に持って帰る。おみやげ、おみやげ。しかし、これで今日泊まっても孵化は見れないだろうから帰ろう。
しばらくこの浜の沖でヤドカリ探しに専念。ゴホウラの美品1個とアツソデの並品を2個見つけて帰路につく。途中までは潮に順調に乗っていたものの、途中から急に逆潮になり、フィンを漕ぐ足が重い。足の中指の甲がすりむけていて塩水がしみて痛い。グルクマーの群を見つけて写していると、クレバス状になった岩の底で大きな物体がグニャリ。良く見ると水深10・位の所に流線型の体に白いチップの入ったヒレ。 ホワイトチップ・リーフ・シャークである。体はでっぷりとし、大きいもので、まるでメジロザメの様だ。元々、ホワイトチップはメジロザメの同類であるが。海の青に照らされて、灰色というよりは水色である。サメは岩の下の方に消えていった。これは写すしかあるまいと、おそるおそる潜行。多少痛いが、今日は何とか耳抜き出来そうだ。ネムリ鮫だから無闇に人を襲う事はあるまい、と思いつつもやはり恐ろしい。3回目の耳抜きをすると、持っていたゴムボート引っ張り用10・ロープがピンと張る。
その2〜3・下に大きな横穴が見える。暗くて見えないが、サメはここに入って行ったに違いあるまい。浮上して再度挑戦。10・過ぎるとロープを手放し、一気に穴へ。何もいない、灰色の岩肌が有るのみ、と思ったらなんと!サメだ!息が苦しくて浮上。ゴムボートがあっという間に北上しているので急いで取りに行く。これはあかん、と浅いところにロープをくくりつけて準備万端。カメラのフラッシュをオンにして潜行。
まずは横穴から少し入って後ろから撮影。そして2度目の潜行で今度は顔のドアップを一枚。3度目に潜った時、サメの姿は消えてしまっていた。
いい気になって南下。海亀が下の方を通る。「どうせ撮れまい。」と思って無視しようとしたが、アオウミガメと異なり、妙に縁がギザギザしている。口元は尖り、タイマイである。何とか追いかけて撮影。上手く撮れているかどうか。アオウミガメを遠くに見たのを最後に儀津崎に到着。サメの写真が上手く撮れているか早く現像したい。
出港までまだ1時間近くあるのでゆっくり荷をまとめる。港についても真夏程の疲労感は無い。いい気持ちで港につくも船がない。おかしい。仕方なく愛想の悪い港のオッサンに尋ねてみると、「1時出港ってアナウンスがあったでしょ。」・・・ガ〜ン。阿波連ではアナウンスがあっても儀志布島には無いもんな〜。ど〜しよ〜。しばらく頭の中が空白となる。明日の3時半まで何もしないのは辛いな〜、と「少年自然の家」に行ってみようか。しかし、山はハブが多いからキャンプは怖いよな、と思って阿波連に行く事にした。
少し遠いけどバスは無いし、テクテクと歩き始めた。途中、ヒッチハイクを試みるが、おっさんは無視しやがんの〜。山をヒイコラ言いながら登り切り、渡嘉志久から阿嘉、座間味島を眺めながらようやく下るだけとなる。と、そこにジープが現れ、新垣商店まで乗せてくれた。もっと早く現れて欲しかった・・・。ライターを購入して夕陽が浜へ。誰もいない浜辺に荷を降ろす。股ずれがひどくてとても泳ぐ気にはなれない。ひとまず火を起こして、カップ麺を作り、一段落。浜を歩き回った後、太陽の陽射しが弱まるのを待って店にビールを買いに行く。
午後から雨になる予定であったが晴天。これでいいのだ。俺はついてね〜んだから、たまには良い事もないと。カップやきそばを喰らいつつ、冷えたビールをぐびりとやる。ああ旨い!浜に突き出た岩山の上で沈みゆく夕陽を見ていると、太陽が水平線に消えていく。恐らく生まれて初めて見たはず。ウォークマンで「Once Upon A Time In America」ショパンの「Etude No,3」「Say Yes」等を聞きながら感動していると辺りは暗くなり白鳥座が瞬いている。なんて気分の良い夕暮れ。9時から12時まで眠り、寒くて目を覚ますと月光が明るい。しか〜し、座間味方面に雲の一筋、即ち前線がこちらに向かって来るではないかあ。雨が降る前に最後の暖を取るべし、と薪を集めライターで火をつける。が、風が強まり火がつかない。ようやく火を起こしたその時、ポツリ、ポツリ。ザーッと降ってきたのでシャワーのあるキャンプ場まで逃げる。濡れたままシャワールーム前で雨宿り。寒いよお。10分位の大雨が過ぎた後、月が覗く。せっかくつけた焚き火も何の用も成さぬままに一部を残して消えてしまっていた。やっぱな〜、俺らしい。寒いまま再び寝入る。雨よ、もう降らないでくれ。
11月24日(日)曇り
朝4時、あまりの寒さに目を覚ます。夜明けまでラジオを聞きながら、岩の上で寝そべったり、ジュースを買いに行ったりして過ごす。朝飯を終えた後、浜を歩いていると、波打ち際にヤドカリ発見。なんと、夜光貝の小さい奴ではないか!儲け儲け、とばかりヤドカリをぶち抜いて久しぶりの収穫。しかもすぐ行くと、ツボイモの大きい美品を発見。普通、色褪せている場合が多いのだが、小さな穴が開いていたものの色は濃い焦げ茶色でやったね!昼の1時になると太陽が現れた為、湿気はあるものの焚き火を起こしてみる。着火成功。カップ麺をこしらえた後、そこら辺に転がっているゴミを燃やして海岸清掃。バスに乗り込み港につくと、「フェリー城山」という見慣れぬ船が停泊していた。「フェリーけらま」はドック入り点検のようだ。
海は荒れていて、一回り小さなこの船はものすごく傾きつつ、1時間半かけてようやく那覇へ。いろいろハプニングがあったけれど、まずまずの越島隊であった。この一年弱、マンタは見れなかったが、様々な海中生物に会え、有意義な沖縄生活であった。もう悔いはない、といったら嘘になるけれど・・・・・。
<第12次渡嘉敷島越島隊調査報告>
調査地区:渡嘉敷・儀志布島(一周)渡嘉敷・阿波連
発見物:イシガキダイ ロウニンアジ カスミアジ アオウミガメ×2 タイマイ ホワイトチップ・リーフ・シャーク スミレヤッコ
採集物:ゴホウラ(美) アツソデ(並)×2 夜光貝(美・小) ツボイモ(美)