(05'5/01:渡嘉敷島:第86次渡嘉敷島越島隊)

渡嘉敷島越島隊の原点・久しぶりの儀志布島へ;





5月01日、ハードな働き先では珍しく3日休みを貰えたので、2日はダイビングにいそしみ、筋力アップ後の最終日、しばらく無理と思っていた、渡嘉敷島越島隊を再開する事となった。

この2日間、初日がほぼ徹夜明けの大深度潜行(自己最深65m)含めた3本、早朝ダイブ3本と、かなりハードなスケヂュールだったので、
「う〜む・・・。越島隊・・・どないしよ〜。辺戸西再トライも捨てがたいが・・・」
と思いながら部屋でうだうだしていた。しかし、既に時計は6時。今から高速を飛ばして北へ向かうのも・・・実際、昨日はエントリー、エグジット共に波が高かったからな〜。 しかも、今日は午後から波高1.5〜2mと南西の風とはいえ、悪化するようだし・・・。 そうしてまたうだうだとテレビを眺めて過ごしている(この時点でダイビングは考えていない状態)7時のニュースで決定。
「沖縄本島周辺諸島・波浪注意報」
ほほう、バテレンさんが大挙して押し寄せ「はろ〜はろ〜」というあれですな。ちなみに 私の脳内では金髪・やせ形・長身のマイクスミスと決まっている。

ダイビングの荷をとき、3点セットとウェット、ウェイトをリュックに詰め込み、水中カメラを手に、愛車に乗り込んだ。8時20分、泊北岸に到着。
流石にGW、沢山の人であふれており、乗れるかどうか不安だった。(実際、連日のハードダイブ故、今日は家でゆっくりでもいいかな・・・的希望も少しあった) が、幸いにも乗れるようで、帰りは当然、17時半。「フェリーけらま」時期の頃を考えると、1泊出来ないにしても都合良くなったものだ。

今回は渡嘉敷島越島隊の原点というべき、儀志布島を予定しているが、以前のように1泊ではないので、ゴムボートに荷物を載せて・・・は行わず、シュノーケリングのみの予定故、パン等の食料は持っていけず、栄養補給せねば。ファミマで沖縄限定の中華弁当(何故に沖縄限定?)と100%オレンジジュース、それに北海道シュークリームに無糖コーヒー。出航前にわっしわっしと喰らった。

9時40分、渡嘉敷島到着。 なんや、仰々しいタラップが造られていて、周囲の集落に不釣り合いに感じた。
南西の風故、東海岸は穏やかそのもので、久しぶりの儀志布島までの遊泳は難なさそうだった。
いつもより沢山の送迎バスが出ており、それらに乗る人、人、人・・・。こんな混雑に巻き込まれるのは嫌イヤ、とばかりに儀津崎へ向かった。クリーンセンター前に到着。本当はココで着替えて荷物を排水溝の付近に隠そうと思っていたのだったが、昨年の大型台風で破壊された護岸の工事中で、3人の現場作業員がおり、取りやめ。まだ、潮が満ちているが、岩伝いにその裏の岩場へ。ところが、ここにも釣り人が・・・。ここを過ぎると次は絶壁なので、ここからエントリーせざるを得ない。しゃあないので、釣り人の死角になる岩場で着替えて荷物を岩の角に置き、海に向かった。今日は小潮手前の中潮。今は満潮故、北に流れるはず・・・の期待通り、体はグイグイと面白いように北へ向かってくれた。
途中、綺麗なイソバナ岩が壊滅していないかチェックしたかったのだが、既に本島からのダイビング船が居座っていて、迂回。ま、船がいるんだから綺麗なんだろう。

2度の白化現象故、珊瑚は6〜7割方壊滅しているが、それでも小さな珊瑚はしっかり生えており、今後の回復に期待したいものだ。
難関の   崎も楽にパスでき、そのままチーヘーヤーも。まだ時計は11時前。1時間半ペースの楽勝ムードであった。ちらほらと白化した珊瑚の帯が見られ、
「なぬ?水温23度でまだ低いのにもう白化?」
と思ったら、これはどうも、オニヒトデによる食害跡だと判明。白化現象で弱った珊瑚にオニヒトデが攻撃し易くなり、さらにオニヒトデが増殖・・・非常に悪い傾向である。これが本土のような土壌改良工事による赤土流出の結末とは違う故、対処しようがない。 でも!きっと流れの速い儀志布島と渡嘉敷の海峡とかは珊瑚が残っているさ・・・・。

が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、珊瑚が9割方、いや、これは全滅と言って良いだろう。礁池内に繁茂するような青珊瑚のみ元気で、大から小までのテーブル珊瑚や枝珊瑚はガレキと化してしまっていた・・・・。もはやあの美しかった光景はない。本島の恩納界隈のような、外からの景色は綺麗でも、海中には珊瑚の無い哀しい世界が広がっていた。

儀志布島に上陸。前回来たのは、4年前の白化現象の時。深みの珊瑚が白くなっていたのに不安を感じたが、いやはや、ホリデーリーフビーチ以上の壊滅であった。あれだけ舞っていた魚は激減、ちょっとした海草溜まりにルリスズメが数匹群れていると心惹かれてしまうほど・・・ちょっと大袈裟だが、そんな感じであった。遠くにアオウミガメがポツリと寂しそうに泳いでいた。

儀志布島へ上陸。先程、南化していったカヌーイストが野営していたようで、足跡だらけ。ちょっと残念。ま、幽霊浜があるさ!
ちょっとした崖上に上がって景色を一望する。美しい砂浜、碧い海、遠くに見える男岩。 沖がダイビング船だらけだったのが興ざめだったが、今は誰もいない俺だけの島!! いつも撮っているのにいつものように撮影。フィルムも少ないのになんでだろう。

景色を眺めながら懐かしい以上にとても哀しくなった。13年前からの年月の流れ、大学の友人隊員たちと訪れた想い出・・・。哀しい要素はないのだが、哀しいのはやはり壊滅的な珊瑚故か?沖縄が誇ってきた大物は少ないけど透明度の高い海と珊瑚・・・がもはや風前の灯火である。恩納では人工的に珊瑚を植えているようであるが、また白化現象が起きないという保証はなく、10年に2回もあったのだから、またありそうである。 でも、この哀しさはこの為だけではないのは俺には判っているのだった。敢えて記しはしないが、俺の脳裏に後悔として死ぬまで刻み込まれた哀しみなのだ・・・。
1本だけ、邪魔にならない程度の飲料水500mlを持ってきていたので、思わず手が出そうになったが、これからナガアジロ芋石浜、自津留、幽霊浜と行かねばならないので、ぐっと我慢した。
浜を漂流物線に沿って北上、ここまで来ると足跡はないのだが、オウムガイ等の打ち上げも無い。瓶玉すらない。HPではたくさん打ちあがっていたとされるシロクマもちょいちょい日焼けしたのが転がっている程度。1個だけ、シリンダー型の瓶玉を見つけただけで、岩場となってしまった。潮がひいて来てはいるのだが、それでも歩きづらい。ここは、表面つるつる+苔付きの岩が多いので、何度も転げそうになった。こんな所で脳天打ったら最悪だけでは済まないのだ。
ようやく、ナガアジロ芋石浜に到着。この名の由来は単に、この砂利だらけの浜によく、ナガアジロイモの打ち上げを見つけたからであり、先端には自然のトンネルが東西に通じている。 石浜には昨年の台風の為と思われる打ち上げがはるか上の方まで打ち上げっていて、ワクワクさせられた。荷物を洞窟内に置いて、まずは幽霊浜へ。たしか陸路で行けたはず・・・。順調に岩場を伝って東海岸を南下、が、風向きは南西から南東に代わったのと、潮が動いている為か、ドッパン波が打ち寄せ、あと一つの岩場を越えれば到着なのに、海中を行かざるを得ない。生憎、シュノーケルは置いて来ていたので、仕方なく、もっと潮が引いたら今度は南側から攻める事にして洞窟へ戻ったのだった。

ついで、今回の一番すべき事、それは、自津留岩と地自津留(儀志布島最北端)との海峡にあった非常に美しく大きなテーブル珊瑚群の無事を確認する事である。 打ち付ける波が強く、しかも潮が動いているので危険ではあったが、ココまで来て戻るとは男が廃る。越島隊隊長にあるまじき行為である。出来るだけリスクを避ける為、地自津留先端まで歩き、足が届かなくなった所で、シュノーケリングとなった。海中に没すると、意外にも珊瑚は繁茂している。5割くらいの被害で済んだかな?と、海峡へ。途中、クレバスの間をネムリザメがウロウロしていたので1枚撮影しようと潜行。ところが、カメラが珊瑚にガチッと当たった音で一瞬にして消え去ってしまった。ざんね〜ん。 いよいよ海峡だが、そこには朽ちた珊瑚が・・・・潮が渦巻いており、戻れるか不安になったが、それでも海峡中央へ・・・・ここだ、ここに間違いない・・・・。
そこにはガレキと化したテーブル珊瑚の跡形、朽ちて海草だらけになった枝珊瑚・・・ 8割方が壊滅していた。
終わった・・・俺の越島隊儀志布島行脚はもはや意味がなくなった。これらの美しい珊瑚をみんが為にこうして海を渡ってきていたのに・・・。潮にのって少し沖へ流され、東海岸を彷徨う。延々とガレキと化したテーブル珊瑚が痛々しい。ますますブルーになった俺だった。
このまま沖に流されて海の藻屑と消えてしまうのはイヤなので、エイエイと儀志布島を目指してひたすら泳ぐ。幸い、グイグイと眼下の景色が儀志布島方向に動くので大丈夫。あとは、地自津留から再び北へ持って行かれないように頑張るだけ。
少し力は必要だったが、運動不足で脂付き良くなったなまった体でもなんとか儀志布島へ生還出来たのだった。洞窟へ入り初めて飲料水に手を付けたのだった。

2時過ぎ。ゆっくりしていたが、儀志布島を少なくとも3時には出ないと渡嘉敷からの帰りの船に間に合わないかもしれない。ゆっくり廻ろうと思っていたが炎天下の中、磯乞食に精を出した。瓶玉1個に袋付きシロクマ2匹。バーベル選手と競泳選手だ。バーベルは何故か袋入りが多いし、全体的にも打ち上げが多い。袋入りとはいえ、月日が経っているので、色褪せには勝てず、競泳のみ、お持ち帰りにした。

筋力が落ちてきたのと、空腹感が強くなってきて、水中行軍がハードになってきた。遠回りしても上陸。南下して儀志布島砂浜に到着したのが2時25分。荷物をおいて、三点セットのみ持って東海岸を北上。あの岩場を越えれば・・・・と思ったが、小潮近い中潮故、あまり潮位が下がらず、風の影響も増していてドッパン波が怒濤のように押し寄せ、行軍不可能に。時間があれば海中からも考えたが、危険なのと、とにかく時間がない!!
せっかくここまで来たのに・・・・と思いつつ、勇気有る撤退をした。(最近、このパターンが多いなぁ〜) 儀志布島砂浜より海峡を越える。渡嘉敷島最北端の浜に到着が2時40分。ば〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと、移動しながら磯乞食。な〜〜〜〜〜〜〜んもなし。色褪せたシロクマが6個同じ場所に打ちあがっていたが、ボロボロであった。
こちとら体力も限界にきており、体もボロボロである。岩場をよじ登り、普段は泳ぐ海も可能な限り岸伝いに南下。ゴムボートセットを持たない今回はこういう芸当も出来るのだ。チーヘーヤー付近で海中しか行けなくなり、エントリー。意外にも潮が流れておらず、順調に南下。     崎は行きとはエライ違いで高波が押し寄せており、白波に揉まれてしまったが、どうやら歩けそうなので、波間に見え隠れする深みだけに用心しながら、歩いて難関をくぐり抜けたのだった。あとは陸路で行けそうだ。まだ3時半。2時間の余裕があり、コレだったら、幽霊浜に行っておくんだった〜。後悔先に立たず・・・だが、後れたら最悪なので仕方ないか・・・。しかも、袋にいれていたシリンダー型瓶玉と瓶玉がいつのまにか流失してしまい、再び漂流させてしまった。げろげろ〜。

エントリー地点手前の浜でゆっくりした。 ここで、瓶玉発見。しかも久しぶりの刻印(川口)入り。
ふと上方に小さな滝・・・というより、山水の滴りがあったので、そこで体を清める。

ぼ〜〜〜〜〜〜〜〜っと過ごす事、20分、4時半過ぎたので、最後の難関、ロッククライミングを行った。ここは、手に何も持っていなくとも危うい場所。しかし、折角、体を清めたのだし、ゆっくり行けば・・・と、なんとか岬先端、水上10m位。フィンを手首にひっかけるも、水中カメラは手から放せず。そうも体勢がしっくり来ず、カメラをある程度しっかりした所へ置いて、改めて、体勢が維持出来る姿勢をとる。緊張の体位変換し、一つ上の足場の大きな場所へよじ登った。ここで、一段落、さらにカメラを横移動、自分もゆっくり移動していき、難関を乗り切った。波の高まった海と遠くに哀しき儀志布島・・・。しばし眺めて黄昏たのであった。

4時45分、荷物の場所に到着。ここでもぼ〜〜〜〜〜〜〜っとして過ごす。と、岩向こうから男性3人が声をかけてきた。
「魚、とれたかね〜。」
は〜〜〜〜〜〜ん、これは漁師が俺が密漁していると疑ったのか?と思って、
「いや、そこのカメラで水中写真を撮っていただけです・・・」
と答えた。 どうやら、漁師ではなく、朝方に見られた釣り人が、俺がなかなか戻らないので役所に電話し、遭難かと探していたようだ。
儀志布島までシュノーケリングして来た事を告げると、みんなビックリしていたので、
「渡嘉敷は80回以上来ていて、良く知っているから問題ないですよ。それにこの島では○×さんも知っています。」
と、スキルと経験と土地感がある事をアピール。最終船に戻らなければ、ダイバーを集めて捜索するつもりだったようだ。おいおい。ま、よくある、
「ビーチ以外は遊泳禁止区域です。泳いではいけません!」とか忠告されるならともかく、
「びっくりしたさ〜。ま、何も無くて良かった。」
と、心配してくれているようだったので、感謝を述べて別れた。
「港まで送って行こうか?」
と、言われたが、折角の黄昏タイムを邪魔されたくなかったので、断って、独り、景色を眺めつつ港へ向かった。

5時半出航。波が高いようで、前島北からチービシ経由のルートを通った。普段なら遠くなりゆく儀志布島を眺めて、次回も来る事を思うのだったが、窓越しに見える今の儀志布島にはそういう思いは湧かなかった。今度、儀志布島へ行くのは、珊瑚が復活してきたという情報がにぎわい初めてからだな・・・。そういう時が来るのだろうか・・・。




白化現象の今昔


更にオニヒトデが追い打ち






しろくまとびんだま
予定していた幽霊浜へたどり着けず。絶対、オウムガイがあっただろうになぁ〜。(なんとでも夢が膨らむ)














今日の磯乞食収穫:

瓶玉1個・コカコーラのシロクマのぬいぐるみ2個


今回の磯乞食収穫
徘徊範囲渡嘉敷島:儀志布島
発見物ホワイトチップリーフシャーク・アオウミガメ・コカコーラのシロクマ数個・瓶玉3個・
収穫 瓶玉1個・コカコーラのシロクマのぬいぐるみ2個




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